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   オプション取引 Q&A(上)   
―おくればせの事はじめ―
柳 沢 逸 司
(10)オプション取引は、誰が、何のために考案したか?

−Q− そもそも、誰が、何のために考えたものか、という点を説明していただけますか?
−A− さきほどお話しましたショールズさんらがオプションの適正な価格を理論的に究明しようとして、ついにプレミアムの理論値を算出する方程式を生み出したのですが、そのとき、彼らはオプションの「取引」のことは考えていなかったそうです。
 先頃、ショールズさんがアメリカの雑誌で、そんなことを話しているのを読みました。そのとき、ショールズさんが言うには、オプションの価格を純粋に学問的に計算しようとして「ブラック・ショ−ルズ方程式」を発見したということです。ブラックさんもショールズさんも純粋な学者だったんですね。学者として完成させたオプション価格の算定式を、ノーベル賞受賞経済学者のマートン・ミラーは「20世紀後半の最も重要な知的成果」だと賞賛しています。(このインタビューのあと、マイロン・ショールズ博士は、1997年度のノーベル賞経済学賞に輝いた。)
 しかし、理論を実際の商業取引に結びつけたのは、全く別の人たちがやったのです。これはいける、と飛びついたというのですが、いかにもプラグマティズムのアメリカ人らしい発想だと思います。いまや、これが基礎となって、先物とは別個の新しい巨大な市場となって世界で成長しています。その後、アメリカでは直ぐにオプションだけの取引所もできたし、各取引所でも先物のオプションを始めたのです。ブラックさんは96年に亡くなってしまったのですが、ショールズさんはロング・ターム・キャピタルという会社の社長にも就任しているようです。しかし、今でもスタンフォード大学の教授ですし、写真の風貌も第一級の学者のように見えます。
 ショールズさん自身も「ブラック・ショールズ方程式」を見事に商業取引に結びつけた人たちがが現われたこと、その速さにもびっくりしたということです。そして、実際に使われてみると、なるほどオプション取引は、リスク・マネージメントのツールとしては、原市場で新規上場するよりも「効率的」なことが分かったと言っています。いかにもアメリカらしいエピソードだと思います。

−Q− アメリカの商売人も相当な曲者ですね。プレミアムの理論算定式を見て、直ぐに商売になる、と踏んだ感覚はただものではない。
−A− オプション取引は再開されて、この十数年間に世界全体で、アメリカ以外の先物オプションが2億6,850万枚、アメリカの先物オプションが1億1,100万枚、合計3億8,000万枚で、これにアメリカの株式オプション(2億5,000万枚)を含めてる(いずれもFIA年次統計によと)約7億枚を超える市場に成長しています。不断の研究と営業努力が実って、こういう大市場に発展したのだと思います。こういうビジネス・チャンスをすばやく見つけて、伝統的な先物市場の外に、オプション市場というもう一つの巨大な市場を形成してしまう能力と、失敗を恐れない勇気には驚嘆するほかないですね。
 オプション取引のような新しいビジネス・チャンスを積極的に勉強し、自分のビジネスの中に取り入れて構想力豊かな成果を実現させるアメリカ人のエネルギーとしたたかさには、敬服せざるを得ません。持続するアメリカの豊かさと若さは、こんなところにも起因しているのではないかと思います。
 世界のいろんなところの取引所や取引員も、この新市場の育成に力を入れて頑張って業績を伸ばしていますし、日本でもオプション市場はますます大きくなって行くと思います。若い人たちが研究して、ノウハウを蓄積し技術を磨いていけば、先物の出来高の30パーセントくらいには成長すると思いますね。
 ちょうど「インターネット」の展開と似ているように思います。第2次世界大戦後、初めは軍事用にコンピューターを生み出して、各研究機関のコンピューターをつなぐネットワークを作ったかと思うと、それを商業に使ってインターネットというグローバルな巨大なネットワークを構築したのです。

−Q− アメリカのオプション取引は質量ともに世界をリードするものと言われますが、具体的にはどうなっているのでしょうか。
−A− オプション取引だけの取引所は、シカゴ・オプション取引所(CBOE)です。二十数年前にシカゴ商品取引所(CBOT)から個別株式オプションの取引所として独立したのですが、年間出来高は96年には1億7,400万枚、97年には1億8,700万枚を超えて、世界で第4位の取引所となっています。この市場では主に個別株式などオプションを中心に取引していす。
 アメリカのオプション取引は、シカゴ商品取引所(CBOT)でコーン・オプションが96年には660万枚、97年には496万枚、大豆オプションが96年には513万枚、97年には534万枚、ニューヨーク・コーヒー砂糖ココア取引所(CSCE)では砂糖オプションが96年には109万枚、97年には137万枚、コーヒー・オプションが96年には85万枚、97年には127万枚を超える出来高でした。

−Q− 堂々たるものですね。ブラックさんとショールズさんは、プレミアムの理論値の算定式で有名になって、会社を創って大層お金を儲けられたそうですが、一緒に商売をしたわけですか?
−A− いえ、別だと思います。日本と違って、学者でも誰でも、才覚さえあれば、お金を儲けることは社会的に歓迎され是認されるようですね。残念ながら、ブラック博士は96年に亡くなりました。

−Q− 合法である限り、何をしようと個人の自由です。日本でも、それは全く同じこととして認めるべきなんです。私がオプション取引をやって大儲けをしても、他人さまには何の関係もないことですからね。

続く

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