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【コメ先物市場本上場への道】No.27
 試験上場申請へ再度舵取り
 取引量不足を農水省が通告、前回に続き申請を変更

 大阪堂島商品取引所は29日に臨時総会を開き、16日に本上場申請したコメ先物取引について試験上場の延長に切り替えて再度申請することを決議し、同日付で農水省に申請した。これは当初本上場申請を受けた農水省が22日、堂島取に十分な取引量を満たしていないとする通告をしたことを受け、試験上場の再申請に変更するため書面審議による臨時理事会を経て総会決議したもので、堂島取のコメ先物市場は5度目の試験上場という異例の形になる。申請の認否は試験上場の期限である8月7日までに下されるが「取引量」という数値だけでの価値判断に対し、異論の声も出ている。

05年の申請〜森實孝郎東穀取理事長が図ったタイミング

 平成25年(2013)2月、農産物市場を東京商品取引所(TOCOM)に移管して解散した東京穀物商品取引所が戦後初めてコメ先物の試験上場申請を行ったのは、平成17年(2005)12月9日だった。

 昭和14年(1939)4月、米穀配給統制発布により、全国19カ所の米穀取引所と21カ所の正米市場が閉鎖され、以来コメはその安定供給を目的として昭和17年(1942)2月に施行された「食糧管理法」の下、生産・流通・消費のすべてにおいて政府が介入し、管理を続けてきた。

 その後生産者米価の設定や減反政策により、営農を保護するために投じた税金が膨れ上がり、制度自体に限界が生じたことで、同法は平成7年(1995)に廃止された。

 その後16年(2004)の改正食糧法施行でコメの取引が自由化されたことで、コメ先物の復活が現実味を帯びてきた。

 東穀取がコメ先物の上場申請を機関決定したのは17年(2005)6月だったが、当時の森實孝郎理事長は申請時期について「私の一存で進める」とタイミングを図ってきた。

 当時の生産者団体はコメ先物に対し強硬な反対姿勢を撮り続け、さらに周辺との水面下における調整など事態は非常にナーバスな展開だった。

 申請の機関決定以後、食料・農業・農村政策審議会総合食料分科会食糧部会において農協関係者以外の当業者から前向きなコメントが続いたことや、同年10月末に政府が経営所得安定対策を決めたことで、東穀取は申請に打って出た。

 ただ現実問題として、東穀取はコメ先物の認可を前提にザラバシステムの整備なこど多額の先行投資をすでに行っており、これ以上引き延ばせないという時限的な事情もあった。

 結局、申請前日の8日に行われた食糧部会で意見集約とはいかないまでも、ヘッジ機能に一定の理解が得られるなど議論のポイントが出揃ったことで翌日の申請を判断したが、タイミングはここしかなかったといっていいだろう。年末まで決断を保留するとどのような反対行動や雑音が高まってくるかわからず、根回しのために年をまたいでしまうと上場計画自体が宙に浮く懸念もあった。

 一方、関西商品取引所(現・堂島取)もコメ先物の申請を東穀取とほぼ同時期に機関決定しており、東穀取に合わせて申請する意向を固めていた。結局、東穀取の1週間後に当たる12月16日、関西取も農水省にコメ先物を上場申請した。

生産者団体からのバッシングと取引所再編の動き

 コメ先物の上場申請に対し、早速生産者団体が噛み付いてきた。申請からわずか1週間で全国農業共同組合中央会(全中)を筆頭に27府県、10の単協、計38農協から東穀取に抗議文が寄せられた。東穀取はこうした反対行動に対し、時期を見定めた上で理解促進行動を推進する方針を示している。

 一方農水省は、商品取引所法により試験上場申請については官報公示から3カ月以上4カ月以内に認否を判断しなければならない。今回の場合、12月28日に官報公示したので、翌年4月末がリミットであった。

 こうした状況下で2月、農水省は食糧部会を開催し、コメ先物について意見交換を行った。生産者サイドは「リスクヘッジ機能があるというだけで不理解なままコメ先物を肯定する意見がかなりあり、それが部会の意見として反映されている」(全中専務理事)と一貫して反対の立場を取り続けた。これに対し経済団体側は「コメ価格センターが現物価格の指標なら先物は先々の価格提供機能を有する。これらは相互に補完するものであり、コメは生産、加工、流通、消費と様々な市場を経るためリスクヘッジとして導入は不可避であろう」(経団連常務理事)と先物擁護の
コメントを寄せている。

 とにかく農水省はコメ上場の判断基準として、@法に定める基準をクリアしていること、A当業者等関係者の意見徴収の一環として食糧部会での意見を考慮する−としていた。この場合、@の法基準では試験上場に対して「先物取引を円滑にするために十分な取引量が見込まれなこいこと」、「生産及び流通に著しく支障を及ぼし、または及ぼす恐れのあること」に該当しない場合には認可しなければならないとなっている。

 本件についてAの食糧部会では、生産者団体以外は概ねコメ先物の市場開設には理解を示していたわけである。ただこうした農水省のコメ先物に対する許容態度が、結果的に生産者団体の姿勢を硬化させ、先物反対のトーンを一段と高めていくことになった。

 生産者団体の場合、部会内での意見が少数派であったとしても背後にいる全農、全中は国内最大の圧力団体であることは間違いなく、こうした意見を尊重する方策として、農水省は全国の生産者団体の意見聴取を行うことにした。

 一方、商先業界側も認可待ちの期間中である3月に、関西取が大阪商品取引所に合併を打診している。当時から経営難にあった両取引所だったが、当初「マイナス同士の合併はマイナスを拡大するだけ」(岩村信・関西取理事長)の考えだった関西取も、大阪取が中部商品取引所との合併を画策しているとの報道が出て、これが実現すると自分たちだけが地方取引所として取り残される結果となることから、他取引所との合併を真剣に検討し始めることになる。

コメ先物は当初から不認可ありきだったのか

 農水省がコメ先物試験上場を不認可としたのは18年(2006)3月29日だった。判断基準は「生産に著しい支障を来たす恐れがある」だったが、専門家の間では「論理的な根拠は薄い。当局として説明責任がある」と指摘する動きが続いた。また農水省の判断について「当初から不認可ありきだった」とする主張も聞かれた。

 実際、通常のケースでは法的な精査は担当部署で行い認否が決められるが、コメの場合では省内精査に加えて上場の論議を食糧部会に移し、議論の結果を反映させるというやり方をとった。当然議論は生産者の反対と他委員との賛成という構図で真っ二つに割れる。しかも部会の意見としては賛成派が多いので、さらに生産者アンケートまで行っている。

 これら一連の動きを一部の識者は「主務省として責任回避のカモフラージュ」と批判していたが、何とかコメ先物のマイナス要因を浮き彫りにし、不認可への地ならしだったと見ることは不自然ではないだろう。仮に認可の判断をした場合、生産者団体は政府が進めようとしていた生産調整について協力しないとする圧力がかかっていたとも伝えられている。そもそも生産調整計画は農業・農村の自立と向上を図るために国民の税金で支援されるものだが、生産者側のエゴが行政を押し切っ
た形ともいえる。

 実際29日の食糧部会では委員から「何のために何時間、何日にもわたって議論してきたのか」などの虚しさを伴った意見が続いた。生産者サイドは当然安堵の意見が続出したが、総じて先物取引を「よくわからない」とし、それがそのまま反対理由であった。唯一全中専務理事だけはさすがに「わからない」を口にしなかったが、結局政治力で業界側は完敗したのである。ただ、再申請までに相当な時間を要するとみられていたコメ先物だったが、「失われる時間」が最小限で済んだことは幸いだった。

SBIの本格参入で激変するこれからのコメ先物市場

 平成29年(2017)12月、堂島取がコメ先物のザラバシステムについて東商取が使用する日本取引所グループのシステム「J−GATE」ではなく、SBIグループのシステム「]−Stream」を選定した時は業界に物議を醸した。だが結果的にSBIとパイプを繋げたことで、堂島取の今後の経営戦略が幅広くなったことは確かだろう。もちろんコメ先物が主役であることは間違いないが、今回異例中の異例ともいえる5度目の試験上場が実現した場合は、はっきりいえば農水省によるSBIへの期待値に他ならない。現状ではSBIがシステム分野から堂島取を支えている状態だが、今後取引面からバックアップするようになれば、それこそあっという間に商品先物の主力商品になり得る。今回農水が堂島取に与えた2年間は、SBIのバックアップ体制構築の準備期闇といえるだろう。




コメ先物を巡る政治対決、13年前の敗戦記

 農水省が戦後、コメ先物試験上場を不認可としたのは2006年3月29日だった。判新基準は「生産に著しい支障を来たす恐れがある」だったが、専門家の間では「論理的な根拠は薄い。当局として説明責任がある」と指摘する動きが続いた。また農水省の判断について「当初から不認可ありきだった」とする主張も聞かれた。実際、通常のケースでは法的な精査は担当部署で行い認否が決められるが、コメの場合では省内精査に加えて上場の論議を食糧部会に移し、議論の結果を反映させるというやり方をとった。当然議論は生産者の反対と他委員との賛成という構図で真っ二つに割れる。しかも部会の意見としては賛成派が多いので、さらに生産者アンケートまで行っている。これら一連の動きを一部の識者は「主務省として責任回避のカモフラージュ」と批判していたが、何とかコメ先物のマイナス要因を浮き彫りにし、不認可への地ならしだったと見ることは不自然ではないだろう。

 この時、結局政治力で商先業界側は完敗したのである。ただ、再申請までに相当な時間を要するとみられていたコメ先物だったが、「失われる時間」が最小限で済んだことば幸いだった。2年後の本上場へ期待したい。


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 編集発行人:村尾 和俊
(2019/7/30 2944) 掲載