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年金事情あれこれ
沼野 龍男
 厚生労働大臣発信の「ねんきん特別便」なるものが、最近届けられた。年金の加入記録に限って、「もれ」や「間違い」がないかを再確認して、必ず返事をして欲しいというものだった。職歴に応じた加入期間に限られ、その所々の標準報酬(年金額算定根拠となる)については問われていないし、記録が載せられているわけでもない。
 説明書きを読んでいくうちに、次のような記述があった。「坑内員(厚生年金)、船員(船員保険)であった方については、特例による計算の結果、加入期間が実際の加入月数より長くなっている場合があります」と。それ以外に何ら詳しいことは書かれていなかった。
 これを見て、厚壮年金保険制度が発足した動機を思い出した。
 太平洋戦争末期、莫大な戦費を賄うために無断流用したのか郵便局が扱う簡易保険料だった。しかし、それも間もなく底を尽くようになり、新たな資金源(?)を考える必要に迫られていた。
 折りしも、未組織労働者で、かつ命がけで仕事に従事していた炭鉱労働者に毎月の賃金から積み立てれば、将来会社や国が折半で補填してあげる。また、この積立てはお国のために役立つものだからと説いたた。坑夫たちは二重の意味で国のお役に立つことと、ある種連帯意識の高揚もあって、喜んでこの新しい年金制度に応じていった。1億総玉砕もやむなしの異常な精神状態からは何十年も先の国民福祉向上など眼中になかったかも知れない。
 年金保険料を受け取る側には、極めて不純な動機があったといわざるを得ない。だから、正確な年金記録等を求めるのが甚だ難しい所以である。
 さて、私は昭和40年に商品業界に入り、以来40数年間お世話になっている。私の年金記録には昭和49年6月より商品取引業厚生年金加入が併記されている。
 商品業界のリーダーたちが業界で働く人たちの将来のために、高い負担を惜しまず、この制度を立ち上げたのである。祈りしも、新卒者を大量に採用していたこともあり、業界が長朋的に福利向上に尽力する決意としてPRしたものだった。
 新卒者にとっては40年も後のことなので、いか程その訴えが通じたかは分からない。しかし当時、熱く語っていた自分が昨年からその恩恵に浴している。額も決して少ないものではない。
 右を向いてもんを見ても、さびしい話ばかりが聞こえてくるが、この基金の如く業界の次世代のために、植樹する夢を持ちたい。
(週刊 先物ジャーナル 08年5月26日 940号 掲載)