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お金持ちの基準
沼野 龍男
プライベート・エクイティ・ファンド。
簡単にいえば、「大口投資家相手の投資機関」という意味である。
米国の投資環境には不思議な不公正さがある。企業を乗っ取る側の資金源泉は不透明なままであるのに、買収される側は、それこそ何から何まで透明件の確保という名目で、財務資料が徹底的にオープンにされる。攻める側は秘密のベールを保持し、攻められる側は買収に値するか否かを情報開示で明らかにしなければならない。
日本の企業はどんぶり勘定が多いので、透明性のある会社原則を採用しろと米国は日本政府に迫り、相当程度それを実現させてきた、それはそれでよいが、しかしながら、@日本企業を買収する投資ファンドの具体的情報は公長しなくてよい。Aファンドヘの出資者が誰なのかを公表する必要はない。という理屈を米国が日本に押し付ける制度に整合性はあるのだろうか。
プライベートとは「パブリック」と反対の意味である。
大金持ちから資金を出資してもらうファンドは、よしんば破綻しても、そもそも大金持ちが最低限のリスク投資をしている手前、ファンドはいちいち補償する必要がない。限られた会員クラブだから、世間に出資者の具体的情報を公表する必安もない。正確でなく、あいまいな資料を出すだけでよい。これがプライベートの本来の意味である。
これに対してパブリックとは、小口出資者という立場の投資家たちを保護すべく、財務諸表の開示が義務付けられた組織を指している。小口出資者たちは投資先が破綻すれば、それこそその日から路頭に放り出される。蓄えの無い、こうした小口投資家を保護するために、正確な財務諸表の公開が義務付けられているのである。
金持ちは保護される必要がないので、金持ちが出資する組織はプライベートなものとして情報開示しなくてよい。それに対して、パブリックはか弱い大衆(パブリック)の出資で維持される組織を指していて、こうした弱小投資家たちを保護するために情報開示されなければならない、とうのである「エクイティ」とは株式の売買で利益を得る行為を指。
約8兆円もの公的資金が注入された旧長銀を10億円で買収し、新生銀行として220億円もの株式売却収入を得た米国投資ファンドのリップルウッドは有名。
さて、パブリックに属する小口、弱小投資家の概念は分かるが、プライベートに属する「大口投資家、お金持ち」とはいかようなもか。個人金融資産のレヘルで線引きできれば、先物取引の勧誘も変わってくるに違いない。 |