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ロベレ将軍
沼野 龍男
 第二次世界大戦中のイタリアを舞台にした、ロベルト・ロッセリーニ監督、ビットリオ・デシーカ主演の映画。
 パルチザン支援のために極秘に上陸したロベレ将軍を当局は血眼になつて追う。パルチザンの疑いをかけられた人々が毎夜逮捕され、容赦ない拷問の末に銃殺されていく。そんな折、小悪党の商人が間違えられて捉まり痛めつけられる。「自分は何もしていない。商内で少々儲けただけだ。なのになんでこんな目に会わなければならないのか」と。すると、日夜厳しい取調べを受けていた同部屋のパルチザンが、「こんな時に何もしないでいた事が、まさに死に値するんだ」と云い残して、刑場に引かれていった。自分の事しか考えていなかった事を恥じた彼は、偽のロベレとして生き、ロベレの身替りとなって死ぬことを覚悟する。
 日本で上映された時期が、60年安保と重なったため、この映画がインテリゲンチャに与えた影響は少なくなかった。すなわち、慎重で、論理的思考回路が十分納得しないと決断できない。その間に大事なことがどんどん通過して行ってしまう。決断をせまられたら、保留せず、イエス、ノーを答える。その必要性を痛感させられたのであろう。不作為の大罪である。
 商品先物業界は今まさに「こんな時」ではないのか。
 昭和60年代から平成5年位迄の10年間で、業界が得た委託手数料収入は約3兆3000億円に達する。対資本金売上高(手数料)比率は4倍から5倍と超優良数値を計上していた。組織も個人も多くを享受した。
 業界の某ジャーナリストは、「リーダーが自己を奉仕させる必然性」「将来構想のための犠牲」し説き、生存権を主張すべきは今を置いてないと云っている。過去に享受したものを返還せよとは云わない。業界に恩返しをしようと呼びかけたい。
 組織や個人の手の届くところから、又それぞれの行動半径に応じて今日から取組もうではないか。
 嘆き悲しんでいても、誰かがやってくれるのではとリーダーの出現を期待しても解決へはむかわない。
 業界に恩返しをしても罰は当たらない。むしろそれが人の往く道ではないか。
(週刊 先物ジャーナル 917号 掲載)