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鈴久の相場必勝法
市場経済研究所 代表 鍋島 高明
 20世紀初頭の兜町で話題を一人占めにした鈴久は、その大盤振る舞いが喧伝されているが、明治40年のパニックで没落したあとも相場街を離れることなく、信奉者に囲まれていた。大正バブル景気のころ、「相場必勝法」を語っている。
 日本橋のある老富豪からの伝聞と断って次のように述べている。
「世の中が不景気で諸株式が大下落している時分に諸種の株を定期(先物)で持って幸いにその株式が高騰して利益の多くある場合は利食いをなし、それができない場合は現株を受けて二年でも三年でも来たるべき暴騰時代を待つ」
 そして鈴久曰く「株が下がって世間の人が青菜の如くなる時はこの老人には絶好の仕入場で、常にかくの如き時が金儲けの種子蒔きになっている」
 世間が株を見限った時こそ買い時到来を意味し、5〜6年に一度はそんな時が来る、と鈴久は語る。年がら年中、建玉を持っていないと気が済まないというご仁は、相場巧者ではあっても大成功は至難の業だろう。
 そして鈴久はこう結論づける。「利食いした後に相場が高くなったと悔いたり、惜しんだりする必要はない。自分として十分の利益さえ得れば、それで満足しなくてはならぬ。手じまった後にその相場を再び思惑したりすると、高値をつかんだりして失敗の因をなす」
 鈴久の相場談義で思いだされるのが安田財閥の安田善次郎。安田の張り方は「時世張り」と称されるが、皆が投げた株を買い、総買いになった時、悠々と利食い売り。もう一人、東大数授で巨万の富を築いた本多静六林学博士。先物で株を買い、納会までに上がれば利食い、下がっていれば現株を引き取って値が出るまで待つ。
 いずれの戦法も資金的に余裕がないことには話にならない。鈴久は「小資本で巨額の富を得る法」も披露しているが、それは「利乗せ法」。儲けた金を次々と先物に注ぎ込んでレバレッジを利かせながら建玉を膨らます方法だが、相場が一貫して右肩上がりなら巨富を手中にできるが、一瞬の下げで権花一朝の夢に終わる例多し。
 鈴久自身が若い頃利乗せでつかんだ巨富を明治40年のガラで失い、成金、元の歩に戻るとヤユされたのを忘却しきっていたらしい。
(週刊 先物ジャーナル 909号 掲載)