|
「ゴッド・ノーズ」
市場経済研究所代表 鍋島 高明
20世紀を代表する知の巨人、ピーター・ドラッカーは学究の徒であると同時に産業界に深く根をおろしていた。日本贔屓で再三来日、日本政府から勲三等瑞宝章が授与されている。ベストセラー『断絶の時代』の中で編み出した造語「民営化」は地球上を駆け巡り、サッチャー政権下で実行に移され、日本にも上陸し、金科玉条のようでもあった。
天才ドラッカーをしても手に負えなかったのが「相場」。1929年9月、ニューヨーク株式相場の見通しについて、「さらに上昇する以外にあり得ない」と断じた。論文は権威ある経済誌に掲載されるが、その数週間後の10月24日、大暴落に見舞われる。歴史に名高い「暗黒の木曜日」の襲来で、世界恐慌に突入する。ドラッカーは先年、日本経済新聞に執筆した『私の履歴書』で、「当時の論文が現在、人目に触れる心配がないのが何よりの救いである」と首をすくめている。
必要があって、平成2年1月3日付の日経朝刊の縮刷版を見た。5日前の大納会で日経平均株価は3万8915円87銭の最高値を付けて新年を迎え、兜町人種はもとより、日本列島が一億総強気となり、屠蘇気分に酔っていた。恒例の株価予想欄をみると、日本を代表するビッグビジネスの一流経営者20人が株価の行方を占った。大勢はこの年の高値を年末4万4、000円とよんだ。超強気は4万8,100円を唱え、弱気でも3万4,500円が下限とみた。
結果はご案内の通りで、10月に日経平均は2万円を割り込む。相場の予想がいかに難題であるかをみせつけた。
ブルドーザーのコマツを世界企業に育てた河合良成は若き農商務官僚の当時、生糸相場の浮揚策に頭を痛め、米騒動に際しては米価鎮圧の役回りを受け持つ。生まれ故郷、富山の漁師の女房たちが火付け役となって勃発した米騒動に責任を感じて役人を辞め、兜町に入る。東京株式取引所常務理事として相楊と相対峙する日々だったが、10年に亘る相場との闘いで得た結論は「ゴッド・ノーズ」、相場の行方は神のみぞ知るということであった。
相場は筋書きにないドラマである。だから皆が魅せられる。来し方を解説するのはだれにでもできる。行く末はだれも分からない。だから「相場必勝法」に類する本は汗牛充棟、それだけで立派な図書館ができるだろう。 |