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余裕資金が孤域落日救う
市場経済研究所代表 鍋島 高明
 高橋義雄(1861〜1937)は慶応義塾を卒業すると三井に入り、大御所と称された人だが、茶人としても知られ、箒庵(そうあん)の雅号を持つ。文才にも秀れ、明治19年、25歳で「拝金宗―一名商売のススメ」を上梓した時、中上川彦次郎が序文を寄せた。
 「我国の士人が封建時代の幣習に染みて金銭の功力を知らず。商売殖産の事を蔑視するを慨し、これを矯正して蓄財、富国の基を立つることを勧め、遂にその方法を論じて企業、投機の事に及び、その致富の要訣を示し…」
 高橋は人が富を得る方法は企業(起業)と投機とみる。古来、投機は様々な非難中傷にさられてきた。当時もこんなことが平然といわれた。
 「投機は経済社会の持病ともいうべきものにして、その弊害は測るべからず。投機家は一物をも生せず、ただ盗賊の所為を学んで生産者及び消費者の財産を奪うつものなり」。
 「三田の拝金宗」と呼ばれた福沢諭吉門下生たる高橋はさすがに投機の効用を熟知していてこう述べる。「世に商業と名づくべきものは幾分か投機の性質を含まざるものなし。田舎の相場安くして、都会の相場高きことあれば、田舎に大なる買い主を生じ、都会に大なる売り主を出してその相場を平均せしむるが故に出来秋の時に至り、米価非常に下落して地方の農家を困らしむることなし」。
 高橋は投機の三要素として時間、資本、勇気を挙げている。丁半賭博ならいざ知らず定期売買(先物取引)は未来の価格動向に賭けるのだから、一定の時間はかかる。一攫千金といっても瞬時に湧きでるものではない。資本の必要性は論を待たない。そして勇気。「男気なきものは街頭で摺付木(マッチ)を売る人たるべし。靴を磨くの人たるべし。あるいは政府の小吏たるべし」。
 高橋はこの本のキャッチコピを一「The money is mightier thathe sword 」(金は剣より強し)としたが、投機を手放しで勧めることはしない。投機家が資金を目一杯勝負に投じ、見通しを誤り逆運に遭遇して破滅する例を知る故、資金の余裕をことさら強調する。
 「資金に余裕あれば一旦不時の逆運に逢うも後援の軍備乏しからず。孤域落日を救うて遂に凱旋を奏することを得べし」
 昨今の「ガイドライン」でもこの点は強調されている。