第 209回

208回 210回
米良 周              
1936年、旧満州新京市生まれ60年早大第一政経学部卒、同年日本経済新聞社入社。73年商品部次長、78年編集委員を経て、94年より日経産業消費研究所首席研究員、96年日本経済新聞社退社。
 現在は先物ジャーナル社・代表取締役。
著書としては「日経商品面の読み方」(78年)「商品先物取引入門(95年)が、訳書として「金ー21世紀への展望」(88年)がある

小石をゆめ崩すことなかれ
「インド株の推奨記事がこんなに大きく出ています。コピーがありますので後でお読み下さい」
 酒代は欠けるし、飲み友達を探すのもいささか億劫。16日、会社をさぼって、3時過ぎ、新書本を片手に自宅近くのファースト・フード店でコーヒーを飲んでいると、こんなせりふが耳に入った。
 定年ほやほやとおぼしき、実直そうな男性に30歳前後の青年が話しかけている。途上国株は流動性が低いのに、退職金が目減りしかねないぞ。新書を読み始めると、次なる講釈が聞こえてきた。
 「実はインドは金の最大の需要国です。娘さんのいる親御さんは嫁入りに際して重量で何キロもの金ジュエリーをもたせるそうです。1グラム2400円として仮に2キロなら480万円。持参金が少ない嫁さんは貰い手がないか、家族からいびり倒されるともいわれます。所得水準が日本の10分の1とすれば親御さんの出費は日本でいえば5000万円近い」
 「うーん、日本の親でよかった…」
 「娘さんお2人でしたね。去年の前半の高値ではさすがのインドも金輸入が減りましたが、相場が落ち着くと需要は盛り返しました。金はインドの親御さんにとって可愛い娘さんの嫁入り必需物資。金はインドが下値を支える商品です」
 証券マンではなく商品マンだったのか。中国の潜在的金需要の大きさ、米ドルのひ弱さ…。30分は続いただろうか。
 「年末までに1グラム3000円相場が実現すると私は考えます。ただ一本調子に上がるとみるのは考え物です。とりあえずは50万用意なさって、2、3枚買ってはどうでしょう。途中で2〜300円上がったらひとまず利食ってみる。安全とはいえませんが比較的安全な運転をおすすめします」
 定年?男性氏はおそらくは奥さんの目がこわくて、外でレクチャーを聞くことにしたのだろう。小一時間、新書は20ページほど読んだだろうか。
 寅次郎ならぬ、さぼりじじいの筆者は「がんばれ青年」とつぶやいて店を出た。

 どこの会社の青年なのだろうか。めりはりの効いた説明。無理のない範囲でのすす
め方。
 「賓の河原の小石積み。鬼ならぬ顧客無視の上司がせっかく積んだ小石を崩してきた。商品の時代をよそに出来高不振を脱け出せないのはこうした過去の負の遺産ゆえではないのか。だが変化の兆しはある」
 19日、校正のため出社。
「いい話だね。小石ならぬ顧客崩しがなければ90年の商品取引所法大改正以来、年3割方歩留まっても、年間1万5000人の15倍強23万人の商品先物人口が岩盤のように控えていたはずだ。いまからでも遅くはないと思うよ」(営業マンOB氏の酒席での述懐)
 「うちは 100万円で3枚―初心者にはそんなルールがあります。管理部門の目が厳しく、顧客への説明には1、2年前の3倍の時間を要します。ところで、トウモロコシの買いどうですか」(カネができたらやるとの約束を守って、3カ月ごとに電話をくれる某社営業マン3年生氏)。
 先細りにあるが、なお絶えぬ苦情、紛議…件の青年に元気をもらって半ば中断状態の「商品先物のすすめ」の本を精一杯、書き進めよう。いい方向への芽をこの目と耳で確かめたのだから――。
◆     ◆     ◆    ◆
 22日、金需給報告書「Gold Survey 2006 Update 2」が国際宅急便で届く。(18日、ロンドン発表)。
 要約と価格展望の章からポイントを抜き出してみる。
●07年の金は強い相場が続き、年後半には06年高値(5月の26年高値1トロイオンス 725ドル(=ロンドン)を上回るだろう。索引役は投資需要の復調。ベースとなる需給では過去2年で約50%上昇したにもかかわらず、供給が減る見通しにある点を指摘したい。新産金はやや増えるが回収金と公的金売却が落ち込むためだ。
●需要サイドでは伝統的に最大の項目であるジュエリー加工部門が 600ドル金の重しに耐え切れなかった。需要合計に占めるジュエリーの比率は06年には59%に低下した(05年に至る10年間の平均は73%)。だが、主要市場での著しい所得増加とある程度の高値慣れが相まって、07年前半の落ち込みはごく小幅にとどまる。ジュエリー以外の加工需要の増加と合わせると06年前半に比べ加工需要はほぼ横ばいとなろう。
●07年前半の需要の弱さは鉱山によるヘッジの買い戻しの減少に帰着する。06年前半は合併に伴なう大型買い戻しがあり膨らんだが、鉱山ヘッジ量の近年の減少傾向を映している点も指摘できる。06年末、ヘッジ量は1334トン(ピークの1999年は3277トン)。
●報告書執筆時点では 600ドル強で推移しているが、07年の安値となろう( 600ドル割れの可能性を全否定はできないが、あってもごく短期にとどまろう)。
 底堅さが当面の相場付きとなろう。06年前半のジュエリー需要の落ち込みは価格弾力性の強さを示すもので、真の弱さではない。価格が沈静化し、安定するとともに需要はすぐに回復した。06年後半、05年後半に比べ34%高だったが、需要はほぼ横ばいだった。
 07年前半、670ドル以上にあると回収金が増えようが、ジュエリー部門はさらに高値に慣れ、西側ジュエリー部門の在庫も取り崩されている。CBGA(中央銀行金協定)の売却枠以下の売却と小規模なCBGA国外の購入による公的金売却圧力の減退が新産金の増加圧力を減殺する。
 こうした需給を踏まえ、(欧米の)投資は06年後半の 100トン以下から07年前半は 250トンへと増えよう。上昇の理由はドル安懸念と伝統的資産の収益の低さが財産保全と資産多様化の手段としての金への投資を誘うという点で、GFMSの従来の主張とほとんど変わりない。
●要約すると需給ファンダメンタルスが次なる投資の波動が生じるまで 600ドル前後に支え、おそらくは新たなドル安が年央までに 670〜 680ドルへと押し上げる。 700ドルプラスのドラマはもう少し時間がかかり、米国のイランへの軍事攻勢といった地政学緊張がもたらすことになろう。
 インドについての記述の一部を紹介する。
 「我々の07年前半の強気予想のひとつの柱はインドの加工需要の強さだ。06年の平均ルピー建て金は38%上がったが、輸入減は7%にとどまった。第2四半期、特に5〜6月、急騰と高下が際立った局面では輸入はほとんど止まったが、秋の相場安定局面では急増した。05年同様、インドの金加工需要は価格の絶対水準だけでなく価格の変化に敏感な市場だということを実証した。ほんの数年前10グラム当たり5000ルピーは売りシグナルだったが、06年には同1万ルピー以上にその水準が切り上がっている」
 「06年、インドの地金退蔵需要が30%増えた。ルピー建て金の38%高の下でのこの伸びにはおどろかされる。インド経済の高成長と株式市場の活況が寄与している面があろう。だが、先高観の広がりが買い気を引き出したほか、ジュエリーの低力ラット化(金分低下)が、純度の高い金地金(富裕層はキロバー、小口投資家はスモールバー)への投資を誘った」
 GFMSの解説・見通しは16日に聞いた件の青年のセールストークと重なり合う。
 改めて脱帽する。
■ 世界の金需給(GFMS社調べ、単位:トン)
   
05年
06年
推定
05年比
%
05年
前半
05年
後半
06年
前半
06年
推定
07年
予測
06年
前半比%


新産金
2,522
2,467
-2.2
1,186
1,336
1,175
1,292
1,215
3.4
公的金売却
659
330
-50.0
412
247
215
115
160
-2.56
回収金
生産者ヘッジ
推定投資家売却
供給計
889
-
-
4,070
1,069
-
-
3,866
20.3
n/a
n/a
-5.0
402
-
39
2,040
487
10
-
2,080
616
-
-
2,006
454
-
-
1,860
478
-
-
1,853
-22.4
n/a
n/a
-7.6


加工
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ジュエリー
2,704
2,267
-16.2
1,478
1,226
1,054
1,213
1,042
-1.1
その他
578
644
11.3
299
280
326
318
342
-1.1
加工計
3,282
2,910
-11.3
1,777
1,505
1.380
1,531
1,384
0.3
地金退蔵
263
229
-13.0
166
97
85
143
105
23.5
ヘッジ買い戻し
86
403
368.2
96
-
296
108
98
-66.8
推定投資家購入
439
324
-26.3
-
478
245
79
265
8.3
需要計
4,070
3.866
-5.0
2,040
2,080
2,006
1,860
1,853
-7.6
価 格
(ロンドン午後の値決め
1トロイオンス・ドル)
444.45
603.77
35.8
427.37
461.25
590.00
617.54
643.00
9.0

 (週刊 先物ジャーナル 07年1月29日 第 875号 掲載)