シカゴの取引所運営が日本人にとって一見複雑に見えるのは、フロアトレーダーという個人と、清算会員という法人がそれぞれに影響力を行使しているからだとする説明がある。もちろんシカゴ・ボード・オブ・トレード(CBOT)にもシカゴ・マーカンタイル取引所(CME)にもあてはまる。

ピットで手を振ることができるのはあくまでもフロアトレーダーの資格を持つ個人。ブローカー会社は売買注文を受注し、フロアトレーダーに約定を依頼するのが本来のすみ分けだ(米国の先物会社がコミッション・マーチャント=”手数料商人“と呼ばれるのもこう考えるとわかりやすい)。
フロアトレーダーの人数には制限が設けられてきた。つまり権利の保護だ。CBOTで穀物を取引できる「黄色バッチ(フルメンバー)」をつけているのはほんの一握りに過ぎない。多くは金融先物限定の黒バッジ、あるいはオプション限定の銀バッジだ。
そして数が限定であるために、バッジには相場が立つ。例えば黄色バッジなら何千万円あるいは1億円を超す値段で取引されたこともあった。従ってトレーダーバッジは財産として見なされる。リタイアする際の退職金にもなるし、後進のトレーダーに賃貸すれば毎月数十万円の年金がふところに転げ込むことになる。
ただトレーダーバッジは日本の議員のバッジのように、世襲されることが多いのも事実だ。2代、3代と受け継がれる例はけっして珍しくない。
この世襲は、フロアトレーダーを、一般的なトレーダーと混同してしまっては理解できない。つまり先物取引の舞台の最前列にいるフロアトレーダーはつねにリスクと向き合っているという誤解だ。
もちろんフロアトレーダーは積極的にリスクを取って「勝負」をかけることもできる。しかし、それでは世襲の可能性は減るばかりだ。冒頭にブローカー会社とのすみ分けに言及したが、これこそがフロアトレーダーの世襲を可能にしている秘密にほかならない。つまり約定ごとの手数料収入なのである。
だからフロアトレーダーは約定が請け負えるように腕を磨く。そのためのネットワークも構築する。ネット取引の世界では宣伝文句になり得ないが、かつてオープン・アウトクライ全盛の時代には「ファースト・フィル(迅速な約定)」はブローカー会社の最大の売りのひとつだった。
ブローカー会社は巨大な資本に任せてトレーダーバッジを買うことはできる。だが、そうしてピットに立ったトレーダーのフィル(約定テクニック)はどうか。成り行き注文の約定価格をみれば答えはすぐにわかるはずだ。
その一方でフロアトレーダーには取引所運営に対する投票権が認められている。というよりも、投票権はフロアトレーダーにしか認められていない。しかも黄色バッジは2票、その他のバッジは1票との格差が付けられている。だから取引所の経営効率よりもトレーダーの既得権益が優先するのはある意味仕方がないことで、これこそが米国取引所が株式会社化に踏み出した最大の理由だと信じている。
もちろん取引所経営に影響力を持つブローカー会社もある。例えば取引所理事長を輩出する老舗ブローカーがそれだ。
だが世界一の取引所の理事長がオーナーをつとめるブローカー会社は、決して世界一の金融会社ではない。むしろ経営規模は何十分の一かも知れない。CME名誉会長のレオ・メラメド氏のデルシャー社はその典型例かも知れない(同社はその後さくら銀行の出資会社と合併した)。
シカゴの取引所の歴代理事長の多くがフロアトレーダー出身なのはフロアトレーダーによる投票で選出されるためで、かれらが自治を重んじるからにほかならない。従っ てその理事長は投票権者の尊崇を集めていると理解するのが順当で、そうしたフロア トレーダーが「フロアを上がった」のちに清算会社をはじめ、やがて理事長に選出さ れるという格好だ。
シカゴという町ではかつて、先物取引所フロアは金融世界の最先端であると信じられていた。
“CBOTのフルメンバー”といえば、弁護士や銀行員たちと並ぶエリートと目され、現在著名なトレーダーたちの中にも、その姿に憧れて、先物社会に飛び込んだというとレーダーたちも少なくなかった。
だが、そうしたメンバーシップの栄光が逆に、シカゴのフロアーを極めて原始的なムラ社会に作り変えてしまったようにも見える。時代というのは皮肉なものだ。